PROJECT STORY

プロジェクトストーリー

日本の食文化を化学の力で
進化させよ

ゼオライト膜/高濃度日本酒開発プロジェクト

三菱ケミカルの主要商材の一つに、バイオエタノール製造プロセスや溶剤の回収・脱水プロセスに用いられるゼオライト膜がある。ここに紹介するのは、非加熱で水分を分離できるゼオライト膜の特性を、日本酒の濃縮に応用しようとしたプロジェクト。2016年に開催された伊勢志摩サミット(第42回先進国首脳会議)の会場に設けられた三重県情報館で、日本の技術と文化の融合をアピールすべく、旨味とアルコール成分を濃縮した日本酒の開発が始まった。

PROJECT MEMBER

  • 垣内 博行
    垣内 博行 プロジェクトマネージャー

    プロジェクト統括として、伊勢志摩サミットに向けた各機関・酒造メーカーとの交渉などを担当。

  • 丸塚 奈々美
    丸塚 奈々美 営業担当

    伊勢志摩サミットへの出店準備などの広告宣伝から、サミット後の装置の販売を担当。

  • 原口 幸也
    原口 幸也 開発担当

    清水清三郎商店と協力し、濃縮酒の製造装置開発から製品開発を担当。

01

舞台は伊勢志摩サミット会場

様々なルートから寄せられた期待

結晶構造中に多数の分子サイズの隙間を持つことから、触媒や吸着材に使用されるゼオライト。三菱ケミカル(当時は三菱化学)ではこの無機材料を様々な化学品の製造工程で触媒用途に利用すると共に、バイオエタノール精製やNOX触媒、溶剤回収等に用いる製品等に加工・販売してきた。一方で、このゼオライトの新たな用途開発は継続して進められ、2015年6月のミラノ万博では食品用脱水濃縮ゼオライト膜「KonKer™」に加工して利用価値を示した。香川県の西野金陵という酒造メーカーとタッグを組み、高アルコール度数の日本酒をアピールしたのである。
この時の評判から、2016年5月に開催される伊勢志摩サミットでも、日本の技術と文化を象徴する製品の一つとして再度登場願おうという機運が様々な方面で高まった。
三重県四日市市に主要工場を長年にわたって構えている立場としては、光栄であり、地元の役にも立ちたい。ミラノ万博での実績もある。だが、後にプロジェクトリーダーを任されることになる垣内博行は、「難しいが、やるしかないと判断しました」と述懐する。

様々なルートから寄せられた期待

立ちはだかる障壁

当初、垣内が懸念した理由は、スケジュールにあった。話が舞い込んできたのが2015年の年末。伊勢志摩サミットは翌年の5月26 日と27日の開催である。半年弱の間に、協力いただく酒造メーカーを確保した後に、原酒に最適化させたデリケートな濃縮プロセスを確立し、限られた設備で一定数量を製造するには与えられる時間が短すぎたのである。
一番のネックは酒税法の制約だった。それによると、酒類の原料加工(製造)は免許を取った1箇所で進めなければならず、三重県の酒蔵の試作用原酒を三菱ケミカルのゼオライト膜の研究開発拠点である九州の黒崎に送り、そこで濃縮して絞り込んだサンプルを三重に送って試飲をしてもらうといったことを法により規制される確度が高かったからだ。
だが、諦めきれない垣内たちは、経産省の産業競争力強化法に基づく「グレーゾーン解消制度」なるものを見つける。すがるような想いで申請すると、翌年早々に「規制対象ではない」との回答が得られた。こうなれば、止める者などいない。

02

地元酒造メーカーと
タッグを組む

ビジネスを超えたスピリットを共有

すぐさま垣内たちは動いた。三重県の酒蔵をすべてリストアップ。そして、四日市のある三重県北部に絞り、25箇所の酒造メーカーすべてに協力要請の電話をかけた。どの酒造メーカーも体よく断る。化学メーカーに本格的な酒などつくれないと思われたのかもしれない。それでも垣内たちは怯まない。唯一、たった1箇所、「お話を聞いてみましょう」という酒造メーカーが見つかった。三重県鈴鹿市の清水清三郎商店である。

ビジネスを超えたスピリットを共有

すでに2月に入っていた。垣内と当時の総務部長が清水清三郎商店を訪問。ミラノ万博に出展した西野金陵の「琥珀露(こはくつゆ)」を試飲していただくと、「やってみる価値はありそうだ」と清水社長が言った。だが、プロジェクトが決まった訳ではない。「我々の品質基準を満たす酒ができるのか」ということを懸念されたのである。その一方で、「これは商売ではない。日本酒という文化を海外に発信できる。地元に恩返しもできる、願っても無い機会だ」という清水社長の想いも伝わってきた。その想いは垣内たちもまったく同じだった。一つの完成形である原酒の、その素晴らしさを貶める濃縮を行ってはならぬと、垣内は心に誓った。

険しい顔に肝を冷やす

清水清三郎商店の協力を得た垣内たちは、いくつかの酒類の原酒を供給してもらい、濃縮試験に取り掛かった。この工程を主担当で受け持ったのが、黒崎研究所の主任研究員である原口幸也である。原口はゼオライト膜の合成プロセスのエキスパートであり、工業用途の研究開発にはいくつもの実績があった。
ところが、日本酒の濃縮用途の開発に関しては、未経験も同然。普段から日本酒を嗜むタイプでもない。そこで、まずは日本酒の良し悪しを判断する官能評価スキルを磨いた。清水清三郎商店でテイスティングの仕方を教わり、日本酒の味や香りについてのイロハを学んだ。次に、美味しい濃縮酒をつくるための装置や濃縮条件はどうあるべきかの模索に入った。当初は同じ濃縮条件でも原酒によってまったく異なる印象になることに戸惑ったが、「経験を積み重ねていくうちに、勘所が掴めていきました」と言う。また、「濃縮に時間をかけすぎると風味が落ちてくるのですが、時間を短縮しようとして濃縮時の温度を上げると風味が変化したり雑味が発生するといったジレンマに悩まされました」と思い返す。
こうして、原口が精魂込めて濃縮で磨き込んだ度数の異なる何本かのサンプル酒が、清水清三郎商店に戻ってきた。清水社長と杜氏による濃縮後の試飲である。この試験に合格しないと、プロジェクトは頓挫するかもしれないという、最重要の局面だった。
清水社長と杜氏の、無言で険しい表情の試飲が続く。ほんの数分なのだが、試飲を見守った垣内と原口には数倍の長さに感じられた。その結果、「うん、美味しい。この30度の酒で行きましょう」。嬉しさよりも、ホッとしたというのが、原口の正直な感想である。

険しい顔に肝を冷やす

03

創りあげたのは、
新たな価値

誇りと心意気が響き合う

試作は上出来だった。清水社長の了解も得た。それにも関わらず、プロジェクトの前に新たな障害が出現した。今度も酒税法の壁だ。30度の酒となると清酒ではなく雑酒に分類される。清水清三郎商店は雑酒製造の免許を持ってはいたが休眠状態で、復活させるのに予想外の時間が取られることが判明したのである。サミットまではあと2ヶ月しかない。会場で外国からのプレス関係者や政府関係者に試飲してもらうには、少なくとも数十リットルは用意しなければならない。
この時に垣内の脳裏に浮かんだのは、ミラノ万博でタッグを組んだ西野金陵だった。西野金陵に清水清三郎商店の原酒を濃縮してもらうという製造委託を願い出るのである。ライバル関係にある酒造メーカー同士を連携させるなど可能なのだろうかという懸念が垣内の頭をよぎったが、もうこの道しかなかった。
そして、反発覚悟で電話をかけたところ、想像以上の快諾を得たのである。西野金陵の西野社長には今回のプロジェクトの理念を大いに理解いただき、日本酒文化を盛り上げることに賛同されたのだった。

いよいよサミット会場へ

2016年3月末日、清水清三郎商店と西野金陵、そして原口たち三菱ケミカルの合同チームによる、量産工程が開始された。膜による日本酒の濃縮にはかなりの時間がかかる。原酒の風味を損なわない低温化の理想の条件設定では、1升を半分に濃縮するのに、3日かかるというペースだ。その途中でも理想の濃縮酒を引き寄せるために、チームは試行錯誤を重ねていった。徐々にだが、サミット会場に持ち込まれる本数が整ってきた。そして、新たに誕生した濃縮酒は、清水社長によって「Concentration作 凝縮H」と名付けられた。
一方、会場側との対応を任されたのが、営業の丸塚奈々美である。ブースが設けられるのはサミット本会場となるサンアリーナに隣接する三重県情報館だ。真横は国際メディアセンターが設けられ、海外に向けて文化を発信するには最適な場所である。期日が迫ってきた。

いよいよサミット会場へ

04

絶賛…
KAITEKIは新たな領域へ

人だかりとなった試飲ブース

垣内がリーダーとなって進めたプロジェクトは、いよいよ発表当日を迎える。ブースには何本もの試飲用のお酒が並べられ、準備万端となった。そして開幕。試飲デモに立った丸塚は、最初から手応えを感じた。ブースを訪問したのは主に外国人プレスの方々で、すぐに長蛇の列となった。そして想像以上に高い評価が返ってきたのである。「美味しい! 何という名前の酒だ! これがジャパニーズサケか! どこに売ってるの?…と、次々と続く賛辞に心から嬉しくなりました」と丸塚。「何度も試飲を求める客たちについ嬉しくなって、楽しく自然に笑顔が振りまけられた時間でした」と続けた。
特に女性には好評だった。上質なデザートワインのようだという声も聞かれた。濃縮して際立った甘味が、それを思わせたのだろう。実は、このプロジェクトの影の立役者も女性である。丸塚は言う「当初、最大の理解者は清水社長の奥様だったのです。マネージャーをされているのですが、こちら側に立って強力に推していただきました」。

人だかりとなった試飲ブース

化学のチカラが食文化創造へ

アルコール度数の高い、今までにない食後酒としての日本酒の新たな可能性を持った「Concentration作 凝縮H」はサミット会場で評判となり、海外各国に発信された。もちろん、国内でも様々なメディアで取り上げられている。しばらく後に清水清三郎商店は雑酒製造免許を復活させ、「Concentration作 凝縮H」は人気商品となった。西野金陵の「琥珀露」にも、たくさんのファンが付いている。
三菱ケミカルに関して言えば、これが望外のマーケティング効果をもたらした。食品用脱水濃縮ゼオライト膜「KonKer™」の話題から、三菱ケミカルは市場の大きな工業用ゼオライト膜でも第一人者にイメージされるようになり、「KonKer™」のホームページ経由で、工業用ゼオライト膜の問い合わせが相次ぐようになったのである。
だが、そうした商売上の成功は二の次だと、垣内は再び言う。「今回のプロジェクトの最大の成果は、私たちが化学のチカラによって人・社会・地球の持続可能な発展に貢献するTHE KAITEKI COMPANYとして、食の領域にも足を踏み出すチャレンジに成功したということです」。化学は、もっと人を豊かにする。それを彼らは証明したのである。

化学のチカラが食文化創造へ化学のチカラが食文化創造へ
化学のチカラが食文化創造へ