4-1.なぜニオイの評価が必要か

  「購入したばかりの新車のニオイ」をどのように感じるだろうか。「新車というステータスを感じるニオイ」、「誇らしい気分がするニオイ」、「ワクワクするニオイ」等、良いニオイと感じる人は少なくない。しかし、このニオイを「車酔いの原因となるニオイ」として嫌う人もいる(写真1)。また、「新車のニオイ」=「化学物質のニオイ」という思考から、健康を害するものとして嫌う人も多い。特に近年では、健康志向の強い中国において、ニオイに対する指摘が厳しくなっており、巨大な中国市場の取り込みを目指すOEM各社は、対策を余儀なくされている。

  前述のように、ニオイの感じ方には個人差があり、同じニオイでも、感じ方が異なる。日本国内で「問題無」と評価された製品が国外で指摘を受けるケースもあり、「ニオイで指摘を受けたが何が問題なのかが判らない」といった相談も増えている。個人差が生じる理由には、「個人の感度や嗜好性が異なる点」、「国や時代背景等、その人の置かれている環境により価値観が異なる点」等が挙げられる。このような個人差が、ニオイの問題をより複雑、かつ難しくしている。誰もが快適な車室内空間を達成するためには、車室内は「全くの無臭」にする必要があるのかもしれない。

4-2.ニオイはどこから

  車室内のニオイは、ウレタン材料、ゴム材料、接着剤、塗料、樹脂材料等様々な部材から発生する化学物質により構成されている。問題となるニオイは、部品単体のニオイが原因の場合もあれば、複数の部品の複合臭の場合もある。また、ニオイの原因となる化学物質は閾値が低く、極めて低濃度でもニオイの原因となることがある。さらに意図的に添加されている物質ではなく、製造過程で意図せず生成した物質が原因となっているケースもあり、ニオイの発生要因、発生形態は様々である。このためニオイの評価には、車室内全体の評価、Assy品での評価、部品毎の評価、原材料ベースでの評価等、様々な形態での評価が必要となっている。

4-3.ニオイの放散方法

  車室内評価では、車室内で発生するニオイを直接、または、濃縮して評価する。一方、部材、原材料については、樹脂製バッグ(写真2)、ガラス容器(写真3)、ステンレス容器(写真4)、チャンバー(写真5)等の容器内で発生させたニオイを評価する。製品の性状や大きさに応じて、様々な条件でニオイを発生させることが可能である。

4-4.ニオイの濃縮方法

  2,6-Diphenyl-p-phenylene Oxideをベースにした弱極性ポーラスポリマービーズであるTenax TA(ジーエスサイエンス社製)やカーボン系吸着材等を充填した捕集管を用いる方法(写真6)が一般的である。車室内、バッグ内、チャンバー内に発生させたニオイ成分をポンプで吸引し吸着材に濃縮する。本方法はVOC成分の濃縮と同様の方法であるが、低沸点成分などでは、吸着破過に注意する必要がある。

  この他に「シリカモノリス捕集剤Mono Trap®」(写真7) 、「固相マイクロ抽出 SPME」(写真8)を用いる方法も有効である。ニオイがしている空間に設置するだけで、ニオイ成分を吸着・濃縮することができ、バイアル瓶等狭い空間で発生させたニオイ成分でも可能である。

  原材料の評価などでは、加熱脱着装置(写真9)を用いた加熱脱着冷却濃縮法も有効である。サンプルを直接加熱して装置に導入することで、該当臭気を効率よく装置に導入することができる。「ドイツ自動車工業会VDA」のVOC及び、SVOCの分析規格にも採用されており、低沸点から高沸点まで幅広い物質の評価が可能である。

  アロマオイルを濃縮する方法「精油抽出法」(図1)を用いて、該当臭気と同じニオイのする抽出液を得ることも可能である。サンプルを沸騰水中で加熱し、水蒸気とともに放散されたニオイ成分を冷却後にペンタン相に濃縮して抽出液とする。得られた抽出液の臭質を確認後に分析を行うことで、確実に該当臭気を分析装置に導入することができる。

4-5. におい嗅ぎGC/MS

  製品や車室内から発生しているニオイの原因成分の定性や定量を行うのに最も有効な手段が「におい嗅ぎGC/MS」(解説1)となる。

  官能評価を行いながら、GC/MS分析を行うことで、検出成分の臭質の情報を得ることができる方法で、ニオイの原因物質特定に効果的である。

  「におい嗅ぎGC/MS」での分析事例を以下に示す(解説2、解説3)。

  例示したように、GC/MS分析と官能評価を同時に行うことで、複数検出された成分の中からニオイの原因となっている物質を的確に見つけることが可能である。ニオイの原因物質は、強いニオイがするからといっても必ずしもGC/MSの検出強度が強いわけではない。クロマトグラム上では僅かなピークであっても強いニオイを放つ成分がある。従来のGC/MSシステムに官能評価を組み合わせることで、このような成分を見つけ出すことも可能である。しかし、官能評価でニオイは検知するものの、GC/MSではピークが検出されないケースもある。このような場合には、サンプルの更なる濃縮、検出器の変更などの検討が必要となる。

4-6.におい嗅ぎ分取システム

  「におい嗅ぎGC/MS」の「におい嗅ぎポート」に捕集管を取り付け、ニオイ成分が検出される時間だけ流路を切り替えて、ニオイ成分を分取するシステムを導入している(解説4)。

  本操作を繰り返し行うことで、夾雑成分の影響を受けずにニオイ成分のみの濃縮をすることができる。「におい嗅ぎGC/MS」でニオイは感じるものの、目的成分の検出強度が得られない場合に有効なシステムである

4-7.におい嗅ぎGC/FPD/NPD

  微量の硫黄化合物や窒素化合物の検出のため、FPD(Flame Photometric Detector, 炎光光度検出器)及び、NPD(Nitrogen Phosphorous Detector、窒素リン検出器)という 2台の検出器を搭載した 「におい嗅ぎGC」も導入している (解説5)。硫黄化合物、窒素化合物を選択的に検出する検出器を用いることで、夾雑成分の影響を抑え、質量分析計(MS)では、検出感度が得られない、微量の硫黄化合物や窒素化合物を高感度に分析することが可能である。硫黄化合物、窒素化合物の中には、嗅覚閾値が低く、極僅かに存在するだけで強いニオイを感じる成分が複数存在する場合がある。このような成分は「におい嗅ぎGC/MS」では検出できないことも多く、FPD及びNPDの2台の検出器を併用することによる検出性能向上が期待されている。

4-8.その他の分析方法

  ここまで、ガスクロマトグラフィー(GC)を中心に分析方法を紹介してきたが、他の分析手法が適している成分もある。特定悪臭物質に指定されている、アセトアルデヒド等のアルデヒド類の分析にはHPLC(高速液体クロマトグラフ)法が有効である。また、アンモニアの分析ではイオンクロマトグラフ法や吸光光度法が用いられる。ニオイの発生状況や臭質等、様々な情報からある程度ニオイ成分を予測し、適切な分析手法を選択することも重要である。

4-9.官能評価

  製品や車室内のニオイについて、どの様なニオイなのか、どの程度のレベルなのか等の情報を得るには、官能評価が有用である(写真10、写真11)。官能評価では、様々な方法で発生させたニオイについて、臭気判定士(国家資格)のオペレーションの下、官能パネル(評価者)が、「臭質」、「臭気強度」、「臭気濃度」、「臭気指数」、「快不快度」等の評価を行っている。

4-10.官能評価の精度管理

  官能評価の信頼性と客観性を高めるため、様々な手法で精度管理及び、パネルのトレーニングを行っている。パネルの臭質表現を統一するためのトレーニングでは、以下の19種類の基準臭(写真12、写真14、表3、表4)を用い、それぞれの臭質を的確に表現できるようにトレーニングしている。

  また、パネルの強度表現を統一するためのトレーニングでは、様々な臭質の強度標準(写真13)を用い、それぞれのニオイについて強弱の判定を正しく行えるようにトレーニングしている。

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株式会社MCエバテック
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