三菱ケミカルグループ株式会社

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月面探査車「YAOKI」の外装はほとんど三菱ケミカルグループ製? 宇宙領域に本気で取り組む理由

月面探査車「YAOKI」の外装はほとんど三菱ケミカルグループ製?
宇宙領域に本気で取り組む理由

Dec 04, 2023
 / Business Insider Japan掲載記事
※本記事の内容、所属・役職等は取材当時のものです。

民間企業で世界初、日本で初の月面探査を目指す、スタートアップ企業ダイモン 。ダイモンが開発した世界最小最軽量の月面探査車「YAOKI」が、2023年度後半にも月に送られる。月面到着後は、地球からのリモート操作で南極付近を数時間程度走行し、探索を行う予定という。

その偉大な第一歩を後押ししているパートナーが、三菱ケミカルグループだ。世界有数の規模と技術力を持ち、幅広い分野で革新的なソリューションを提供する総合化学メーカーである。2021年からダイモンと協業し、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)材料熱可塑性樹脂材料の提供、技術支援など、「YAOKI」の開発をサポートしてきた。

三菱ケミカルグループの素材と技術は、「YAOKI」にどう活用されているのか。そして、両者の化学反応が導く未来とは。ダイモン中島紳一郎氏と三菱ケミカルグループ中越明氏・西田梨恵氏との鼎談から、パートナーシップの全容と素材メーカーの役割を紐解いた。

2050年には300兆円規模と予測される宇宙関連ビジネス

民間企業が主体となった宇宙ビジネスが、活発化している。グローバルな宇宙市場規模の推移は、三菱UFJ銀行の調査レポートによると、2023年の56兆円から2030年には91兆円へ拡大する見込みだ。また、一説には、2040年には150兆円、2050年には300兆円規模へと拡大するという予測もある。

そうしたなか、最も可能性が取り沙汰されている宇宙産業のひとつが、月面ビジネスである。

三菱ケミカルグループでモビリティ市場向けのコンポジット製品を担当し、宇宙関連事業に携わる中越明氏は、「トランプ前大統領が2017年12月に署名したSPD(Space Policy Directive:宇宙政策指令)に始まり、2019年3月に開催された国家宇宙会議の第5回会合では、2024年までに有人月着陸を実施するという方針が示されました。これを受けて、NASAの予算が拡充され、参画企業が増加、競争が激化しています」と背景を語る。

この流れを受けてNASAは、2024年に有人月面着陸を目指し、2028年までに月面基地の建設を開始するという目標を掲げた「アルテミス計画」を発表。宇宙開発はそれまでの官主導の構造から転換し、観測機器やローバーなどの月輸送を民間企業に有償で委ねるサービス「CLPS(Commercial Lunar Payload Services)」を立ち上げた。

この「CLPS」に参加しているのが、月面探査車「YAOKI」を開発した、ロボット・宇宙技術開発ベンチャー企業ダイモンだ。

Project YAOKI1 with Intuitive Machines
提供:ダイモン

YAOKI」の最大の特徴は、「超小型・超軽量」であること。

「一般的に、月への輸送は1kgで1億円と言われています。『YAOKI』は、15×15×10cm、498gと非常に小さく軽いので、輸送コストも安い。このメリットを活かして、将来的には、多数機を月に送り込み、それぞれを通信連携させながら月面調査をすることを計画しています」

中島紳一郎氏
中島紳一郎(なかじま・しんいちろう)氏/ダイモン CEO兼CTO。明治大学工学部卒業後、Boschなどで自動車の駆動開発に20年従事。Audi、TOYOTA等で標準採用されている4WD駆動機構を発明。2012年に機械開発の会社としてダイモンを設立。創業以来、月面探査車の開発を推進。ロボットが生命化して宇宙に広がる未来を目指している。

そう語るのは、ダイモンCEOで「YAOKI」の開発者、中島紳一郎氏。目指しているのは、洞窟の探索だ。洞窟は、人類が月に基地を建設する際、放射線や隕石の落下、昼夜の寒暖差などから身を守る安全な場所になりえる。

『YAOKI』は、現状、世界で唯一、洞窟を調査できる月面探査車だと思っています。カメラとセンサーを搭載しており、地球からリモート操作して、洞窟の中を走って形状や広さを調べる予定で、現在、JAXAと連携しながら実現に向けて進めています」(中島氏)

世界で唯一、洞窟探査を可能にするのは、「YAOKI」の形状と高強度に秘密がある。転がっても、即座に正常な体勢へ復帰して走行できる設計で、まさに七転び八起き。100G(G:重力加速度)の衝撃に耐える強度と相まって、洞窟に転がり落ちて入ることもできる。そして、この超軽量や高強度を最先端素材と技術によって支えているのが、三菱ケミカルグループである。

「YAOKI」を進化させた三菱ケミカルグループの3つの素材

「YAOKI」には、三菱ケミカルグループの最先端素材と技術が、3つ応用されている。ひとつは、本体に採用されている、シアネートエステル樹脂製CFRPだ。

中越明氏
中越明(なかごし・あきら)氏/三菱ケミカル スペシャリティマテリアルズビジネスグループ コンポジットソリューション事業部

「元々、『YAOKI』の本体はアルミニウムでしたが、それを強度と軽さを兼ね備えたCFRPに変更しました。シアネートエステル樹脂の採用により、誘電率が低く、温度に対する耐性が高く、航空宇宙分野での用途に適しています。
これで約30%の軽量化を実現し、月までの輸送コストも約400万円削減することができました。また、強度が高まったことで、安全率も5倍、向上しています」(中越氏)

二つ目は、車輪に採用されているPAI(ポリアミドイミド)材。耐寒耐熱性、耐摩耗性、衝撃強度に優れているのが特徴だ。「YAOKI」は月着陸船の外部に設置されたデプロイヤー(ケース)に収納されて、月まで送られる。

月着陸船が月面に着陸するとデプロイヤーが開き、月面に「YAOKI」が落下する仕組みだ。PAIの採用によって、この落下時の衝撃に耐えることができるという。ちなみに、デプロイヤー自体も、三菱ケミカルグループが提供したシアネートエステル樹脂製CFRP材料が使われている。

三つ目は、月の砂である「レゴリス」がレンズに付くことを妨げる、付着抑制コーティング剤だ。三菱ケミカルグループでコーティング事業の市場開発に従事する西田梨恵氏は、こう語る。

西田梨恵氏
西田梨恵(にしだ・りえ)氏/三菱ケミカル ポリマーズ&コンパウンズ/MMAビジネスグループ コーティング&アディティブス本部 コーティング事業部

「レゴリスは、ギザギザで棘のある形状や静電気を帯びるといった特性から、付着しやすい物質です。もし、カメラのレンズに付着すると、月面の様子が映らなくなり、探査に支障が生じます。
開発担当と協力して、当社コーティング剤の試験を社内で実施し、レゴリス付着抑制コーティング剤として提案しました。ダイモン社側で試験を重ねたところ、課題をクリアして採用して頂くことになりました」(西田氏)

ダイモンの中島氏は、「外装に関しては、ほぼ100%三菱ケミカル製と言っても過言ではなく、協力なくしては月に行けないところまで来ています」と語り、こう続けた。

YAOKI

「YAOKI」は、2023年度後半に月面を目指すという。スペースXのロケット「ファルコン9」で打ち上げたインテュイティブ・マシーンズ社の月着陸船「Nova-C」で輸送され、月の南極付近に着陸。水資源の探査というNASAのミッションに従事する。その後、3~5年後までに「YAOKI」を100機、月面に送り込み、洞窟探査を実現する予定だ。

「YAOKI」を通じて社内外に横串を通し、宇宙事業を活発化させる

三菱ケミカルグループが宇宙事業に参画するのは、これが初めてではない。特に、人工衛星への素材提供は、早くから行っていた。その先駆けとなったのが、「カッシーニ」である。

「三菱ケミカルグループのピッチ系炭素繊維が最初に採用されたのは、1997年に打上げられた人工衛星『カッシーニ』です。約20年間にわたり、土星観測で大きな成果をもたらしました。その後、JAXAの太陽コロナ観測衛星『ひので』や、数多くの火星探査機に採用されています」(中越氏)

宇宙という極限状態での技術要求に応えることで得た知見は、地上のプロジェクトにも転用されている。
例えば、南米チリに大型電波望遠鏡を多数設置して、深宇宙を探査する米・欧・日の国際共同プロジェクト「ALMAプロジェクト」にも、ピッチ系炭素繊維のゼロ熱膨張が評価されて採用された。

中越氏は、「人工衛星や『YAOKI』との協業により、宇宙で得た新たな知見を地上のビジネスに生かす。これはまさに、三菱ケミカルグループのSloganである、<よりよいイノベーションによって(Science)、すべてのステークホルダーへ価値を提供し(Value)、人々の健康な暮らしや社会と地球の持続可能性に貢献して(Life)、KAITEKIの実現をリードする>の実践です」と胸を張る。

西田氏も宇宙への挑戦を「本当にワクワクすることばかり。宇宙での実績をさらに積み上げるためにも、ダイモン社が、これから月で行うさまざまなミッションにも協力させて頂き、それをきっかけにして、地球・宇宙での新しい用途展開、新規ビジネス開拓を進めていきたいと思っています」と意欲を覗かせる。

ダイモンとの協業によって、三菱ケミカルグループは何を得たのか。西田氏は、「宇宙事業に携わるようになって、周りから、楽しそうだね、と言われることが増えました。実際、刺激もあります。こういった雰囲気を社内に広げたり、若手社員が同じような経験を積んだりすることで、宇宙事業への印象や会社のムードも変わってくるはず。そういった意識を持って取り組んでいます」と語る。

中越氏は、「『YAOKI』を通じて、社内外に横串を通すのが私の目標」と力を込める。

「現在は、『YAOKI』の外装にCFRPやPAIを提供しているだけですが、内部の電子部品である半導体に関しても、三菱ケミカルグループは知見を持っています。そういったサイエンスをバリューにつなげるためにも、事業領域の縦割りを超えて、三菱ケミカルグループの総合力で『YAOKI』に協力をしたい
横串は、社内だけに留まりません。『YAOKI』のパートナー企業は、定期的に情報交換の場を設けています。三菱ケミカルグループの中長期R&Dの拠点である『Science & Innovation Center』にもお集まりいただき、当社の研究開発メンバーとの技術交流を行いました。そうした場をベースにして、社外の方々ともつながれる枠組みも広がりつつあります」(中越氏)

その横串の先に見据えているのは、三菱ケミカルグループの新しい事業の柱とすべき宇宙領域の開拓だ。

「現在、拡大している宇宙産業において、熱シールド材など、三菱ケミカルグループの素材や技術が活躍する余地が大いにあると思います。例えば、スピード感も実行力もある米国の宇宙開発企業にステップインしていければ、宇宙領域が三菱ケミカルグループの新しい事業の柱として成長できる可能性はある。ぜひ、そこまでつながる道筋を作りたいと思っています」(中越氏)

三菱ケミカルグループのポリマーズ&コンパウンズ/MMAビジネスグループでは、中堅・若手社員で構成される「新規事業創出プロジェクト」が立ち上がり、宇宙ビジネスでの新たな価値創出に向け、人工衛星データを用いて海洋プラスチックごみを効率的に回収し、そのプラスチックを人工衛星など宇宙用途に再生するなど複数のテーマを進めている。西田氏もそのメンバーの一人だ。

「今年、新小学1年生の男の子が将来就きたい職業ランキングの10位に、宇宙関係が入っていました。私にとって宇宙は、新領域への挑戦。しかし、子どもたちの未来には、当然のように宇宙がある
そういった世代にビジネスとして受け継いでいくのも、私たちの役割です。若手世代も巻き込んで、挑戦を続けていきたい。できれば、おばあちゃんになるまで走り続けたいですね」(西田氏)

そして、最後に中島氏が、宇宙にかける思いをこう語った。

「これまで、宇宙開発において日本の技術は、どこか『下請け』のように使われることが多かった。今は、月面探査のトップ集団にいます。この幸運を活かして、今後はプラットフォーマーを担っていく。『YAOKI』の実績が、そういったポジションを取れるきっかけのひとつになればいいと思います」(中島氏)

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