三菱ケミカルグループ株式会社

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インプラント用エンジニアリングプラスチック素材 高機能素材とテクニカルサポートで「人工関節」の進化を支える

インプラント用エンジニアリングプラスチック素材
高機能素材とテクニカルサポートで
「人工関節」の進化を支える

October 6, 2023
 / TEXT BY MCG
※本記事の内容、所属・役職等は取材当時のものです。

人工関節置換術は、病気やケガ、加齢により傷んで変形した関節を人工の関節(インプラント)に置き換える手術です。関節の痛みを軽減し、生活の質(QOL)の向上、健康寿命の延伸にもつながると期待されています。高齢化が進むにつれ、人工関節置換術の数は増えており、今後も増加していくことが予想されています。こうした中、三菱ケミカルグループ(以下、MCGグループ)は、人工関節などの医療機器や手術器具・器械に用いられるエンジニアリングプラスチック素材(以下、エンプラ素材)を提供し、高度な専門知識とグローバルネットワークを強みに医療現場への価値創出に取り組んでいます。

野々山 晋平
三菱ケミカルアドバンスドマテリアルズ株式会社
営業部 ビジネスディベロップメントグループ
野々山 晋平
■メディカル・ヘルスケア分野担当
MediTECHチームの一員として、医療用エンジニアリングプラスチック材料の事業・用途開発、販売、技術サポートに従事

インプラント用エンプラ素材とは

MCGグループでは、インプラント向けに『MediTECH(メディテック)』グレードとして、超高分子量ポリエチレン(以下、ポリエチレン)とポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEK)の2つのエンプラ素材を取り扱っています。

「ポリエチレンは、摺動性(すべり特性)と耐摩耗性に優れ、主に人工関節の軟骨の役目を担うライナーに使われています。股関節や膝関節の動きを滑らかにし、かつ摩耗を抑えることで再手術や合併症のリスク低減に貢献しています。また、削りやすく加工性も良いため複雑な形状の医療機器にも適した素材です。一方、PEEKは機械的強度が高く、皮質骨に近い弾性率を持ったエンプラ素材です。硬さがあり、主に椎間板ヘルニアなどの治療に使う脊椎固定ケージや靭帯を骨につなぎ止めるアンカーボルトなどに使用されています。」(野々山さん)

エキスパートによる技術サポート

※人工膝関節のイメージ

一般的に以前の人工関節の耐用年数は15~20年と言われてきましたが、大学の研究機関や医療機器メーカーにおいて耐久性向上に向けた研究開発が進められ、素材や形状の改良を重ねてきました。

「昨今の人工関節のライナーは、耐用年数に影響を及ぼす酸化を防止するためポリエチレンにビタミンEを少量添加し、さらに放射線(ガンマ線や電子線など)で架橋処理した材料を使用することが主流となっています。当社では、ビタミンEのブレンドや材料の成形方法、仕様に合わせた架橋処理など、材料設計や加工の技術を活かして医療機器メーカーのニーズにお応えし、人工関節の機能向上をサポートしています」(野々山さん)

徹底した品質マネジメント

医療用材料は、安全性が何においても優先されます。特に長期間体内に埋め込む医療機器は市場に出るまでの申請・承認に多大な時間と費用を要します。

MCGグループの医療用エンプラ素材は、医療レベルでのISO(国際標準化機構/International Organization for Standardization)およびUSP(米国薬局方/United States Pharmacopeia)に準拠した生物学的安全性が事前に評価されています。北米とドイツにあるMediTECHグレードの製造拠点では、医療機器製造における品質マネジメント規格であるISO13485を取得し、徹底した品質管理・安全管理のもと製造しています。

「医療機器の安全性評価は非常に重要で、項目や試験方法により接触する部位や期間(24時間、30日以内、長期体内埋植)が分かれています。本来、材料に対する安全性の確認は医療機器メーカーにて行われるものですが、当社の材料は事前に安全性評価が行われているため、その評価結果をもとに、一部の安全性試験を簡略化し、医療機器メーカーでの開発期間の短縮が期待できます※。より良い医療機器をいち早く医療現場、患者さんにお届けするために、開発ニーズをいち早くキャッチアップし、医療機器の改良や開発のタイミングでタイムリーに材料をお届けできるように取り組んでいます」(野々山さん)

※国や地域において規制、安全性の評価内容が異なります。

  • 徹底した品質マネジメント
  • 徹底した品質マネジメント

幅広いポートフォリオが生み出すメリットとは

MCGグループでは、インプラントに使用されるエンプラ素材に加え、手術で使用する器具や医療器械向けの素材も提供しています。例えば、短時間の手術での使用(24時間まで)や30日以内の抜去を想定した医療機器に使用される「ライフサイエンスグレード」は、インプラントを埋め込む前のサイズ確認のためのフィッティング用ライナーや手術器具、バイオ医薬品製造機器用のパーツなどに使用されます。

「目的や用途に合わせて素材をお選びいただけるよう幅広いポートフォリオを持っていることがMCGグループの強みです。インプラント材料に特化したメーカー、医療用素材に特化したメーカーはありますが、両方を取り揃え、ワンストップで展開できるのは当社の強みです。インプラントから手術周辺の器具にいたるまでワンストップで提供できることは、お客様にとって調達や品質マネジメントを容易にします。一定の品質水準を維持することが可能となるため医療現場での信頼向上につながると考えています」(野々山さん)

新たな価値をもたらす最新加工技術

素材メーカーとしてのMCGグループの強みは、高度なエンジニアリングとグローバルなサプライチェーンにもあります。

エンジニアリングの面では、「Direct Compression Molding(以下、DCM)」の実用化に取り組んでいます。これは、医療機器メーカーの製造工程におけるコストダウンと作業時間の短縮につながる新たな加工技術です。

ポリエチレンは射出成形ができないため、これまで圧縮成形による単純な形状での素材提供が通例でした。医療機器の加工メーカーではそうしたポリエチレンの塊から切削して医療機器のパーツを製造しますが、削り取った素材はロスになってしまいます。

そこで、MCGグループでは独自のエンジニアリングによって複雑な形状への圧縮成形を行い、かつ医療レベルの均一で安定した物性を実現するDCMの開発を進めてきました。「お客様が製造するパーツの最終形に近い形状でポリエチレンを納入することで、切削によるロスを30%〜40%削減し、作業時間も短縮することが可能です」(野々山さん)
現在、DCMによる製造工程のISO取得は最終段階に至り、いよいよ実用化が迫っています。

新たな価値をもたらす最新加工技術

エキスパートによる技術サポート

MCGグループは、エンプラ事業を世界19か国に46を超える拠点で展開しています。医療分野における高い専門性と知識を持つ特別チーム“MediTECHチーム”を編成し、世界各国の拠点に配置。

「よりお客様に近いところで、樹脂材料についてはもちろんのこと、規制など現地の医療事情に詳しい人材がお客様の製品開発をサポートできる体制にあります。これは私たちの大きな競争力となっています」(野々山さん)

また、MediTECHチームは、医療機器メーカーをはじめ、医師や大学の研究機関とのコミュニケーションを通じて、技術ニーズをいち早く把握できる立場にあります。次にどういった材料が主流になるのか、どういった医療ニーズがあるのか、医療現場から得た情報をグループ内でグローバルに共有し、蓄積してきた技術や知見をフル活用することで、お客様の製品の改良や次世代の医療機器開発にタイムリーにソリューションを提案することが可能です。

エキスパートによる技術サポート

MediTECHチーム

エンプラ素材が生み出す、新たなウェルビーイングの可能性

三菱ケミカルグループは、幅広いポートフォリオと技術サポートの提供を通じて、医療機器の進化に貢献してきました。医療機器向けの素材を扱うメーカーとして、ポリエチレンはもちろんのこと、医療用素材の安定的な生産、品質管理が第一の使命です。

人工関節のライナーとしてのエンプラ素材は、すでに円熟し、医療現場からも高い評価を得ています。一方で患者層の低年齢化により、アクティブな術後生活へのニーズなど新たな課題もあります。

「人工関節における今後のチャレンジの一つとして、金属パーツの樹脂化が考えられます。また、カスタムメイドや、より緻密な3D造形に対応した材料設計など、医療現場のニーズに技術で応えていきたいと思います。整形外科分野以外では、脳波計や心拍計などを患者さんの体内に埋め込む、IoTとしての医療機器の研究開発が進んでいます。そうしたデバイスに使われる材料には高い安全性と機器に合わせた性能が不可欠で、MediTECHの可能性は大きいと考えています」(野々山さん)

素材のエキスパートとして医療機器の新たなニーズに材料面で応えていくこと。MCGグループは、患者さんの生活の質(QOL)向上につながる医療機器の開発をサポートし、医療現場の価値向上を通じて、人と社会の新たなウェルビーイングの可能性を追求していきます。

エンプラ素材が生み出す、新たなウェルビーイングの可能性

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Mitsubishi Chemical Advanced Materials

The Voice

  • 石橋 輝哉氏
  • 国立大学法人 大阪大学
    運動器バイオマテリアル学寄附講座 助教
    石橋 輝哉氏
    ■人工関節について大阪大学 運動器バイオマテリアル学寄附講座の石橋輝哉氏にお話をお伺いしました。
人工関節の現状と素材の重要性について
高齢化社会に伴い、変形性関節症など、骨・関節にトラブルを抱える患者さんは年々増加しています。日本国内においては、人工膝関節置換術が年間約10万件、人工股関節置換術が約7万件実施されています。
可動関節の機能としては、スムーズな動きと荷重を支える支持性が重要で、人工関節においても同様の機能が求められます。摩擦なくスムーズに人工関節が動き、かつ、摩耗を限りなく少なくするために、インプラントの金属部分と軟骨成分の代替で用いられるポリエチレンやセラミックといった素材やその組み合わせは非常に重要です。また、長期耐用性、特に下肢人工関節においては体重の何倍もの荷重に耐えるだけの強度が必要となります。
こうした課題に対し、摩擦摩耗性と耐久性の優れた超高分子量ポリエチレンの採用により、人工関節の耐用年数が伸びたといっても過言ではありません。さらに、クロスリンク(ガンマ線処理で架橋を向上させた)ポリエチレンやビタミンE含有ポリエチレンにより、耐摩耗性もさらに向上しました。
QOL向上に向けた今後の課題
このように、近年では人工関節の素材や形状の改良、ナビゲーションやロボット支援システムを用いるなど正確な手術により、長期耐用性は20年を超え、術後の関節機能も担保されるようになりました。その一方で、「患者さんの期待度や満足度といった主観的な評価が高くない」という新たな課題も出てきています。
例えば、歩行や運動に支障が無くても、「人工関節」=「機械」が身体に入っていること自体に違和感を覚える患者さんや、術後にスポーツ活動を制限されることでQOL低下を感じる患者さんもいらっしゃいます。これらの課題に対して手術方法やインプラント素材、形状の改良に関する研究を日々行っています。
特に、膝関節の動きにおいては、屈伸(曲げ伸ばし)だけではなく、回旋(ひねり)や内外反(O脚・X脚)といった動きが複雑に組み合わさっており、現状の人工関節では十分に再現できているとは言えません。今後はこのような動きを誘導、またはインプラント間の摩擦や荷重に耐えうる「3次元構造の人工関節」が必要になるため、インプラント用材料には、加工のしやすさや強度を保つことができるかが求められます。
また、QOLの向上に向けて、個人の3次元形態や動きに合わせたカスタムインプラントの開発が進められています。素材のさらなる進化および素材メーカーとの連携強化を期待しています。

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